「桐島」から夢中になることの尊さを学んだ
朝井リョウさんの「桐島、部活やめるってよ」の読書感想文的記事です。駄文です。
読む前の印象
噂話を誰かに流布する口調のようなこのタイトルは妙に印象深く、中学生のころからずっと頭に残っていた。ただ、実際に映画館に足を運んだり、原作を読んでみたりはしなかった。
その後、再びこの作品を意識するようになったのは、素人の方が劇中のシーンを切り貼りして製作した、ヒップホップユニット“Creepy Nuts”の「トレンチコートマフィア」のMV風動画を見てからだ。
Creepy Nuts(R-指定&DJ松永) / トレンチコートマフィア【MAD 桐島、部活やめるってよ】
考察力の乏しい私はこの動画を見ても「あ~~、私生活が充実してる同級生に揉まれながら、桐島とかいう映画好きのオタク高校生が映画をつくる話なのかな~~~」くらいの印象しか抱かなかった。
しかし、原作者が先日エッセイ集を読んで感化された朝井リョウさんであることを知り、朝井さんがこの動画に登場する生徒たちの心情をどのように表現するのか興味を持ち、読んでみることにした。
読了後
率直な感想
以前読んだことのある「何者」と同様に、それぞれの登場人物が一歩引いて自身を客観視する描写の精巧さに終始感動して、なんやかんやあっという間に読み終えた。また、予想とは裏腹に、映画好きのオタク高校生は桐島ではなかった。ビックリ。
中高時代を回想して
中高の多感な時期、誰もが自分の置かれている立場や周りの人の性格を分析して、それぞれの場面において適切な立ち振る舞いをしてきただろう。私も例によって、そのようにしてきた人の中の一人である。しかしそれは特に意識して行っているわけではなかった。
この作品では、その特に意識していなかった思考過程が生々しく、かつ家族や友人、彼氏彼女などとの複雑な関係も絡めて描写されている。高すぎる自尊心によって、相手を必要以上に貶めて分析し、傲慢に立ち振る舞っている生徒もいれば、低すぎる自尊心によって、自分を必要以上に低く評価して、窮屈に生きる生徒もいる。そんな一種のハードな心理戦(?)が行われている場でこれまで生活してきたと思うと、今さらすごくしんどい気持ちになった。
ハードな心理戦が行われてたであろう中高時代の自分を振り返ってみる。進級、進学するとき、新しく出会う人には第一印象で「根暗」とか「陽キャ」といったレッテル貼りをなるべくしないようにしていたつもりだ。そのようにレッテル貼りして付き合う人を見定めている人たちが、すごく窮屈な世界で生きているように見えたからだ。しかし、最初に話しかけるときには、その人の趣味、所属する部活動、普段付き合ってる人たちの性格をそれなりにリサーチしたうえで話しかけていた気がする。結局、自分もレッテル張りに近いことをして、これから付き合う友人を決めていたのだ。窮屈な世界で生きていたのだ。なんだか悲しくなってきたな。
おじさんの言葉と未来への絶望感
そういえば、知り合いのおじさんに「お前、いじめられたから野球部じゃなくてテニス部に入ったんだろ?」とからかわれたことがある。これは、私が幼少期から地元のプロ野球団の大ファンであり、相当な野球好きにも関わらず、なぜテニス部に入部したのかが話題にあがったときの発言だ。とりあえずそのときは「野球部にも仲のいい友人はたくさんいますから~」と適当に答えたが、その後なぜ自分がテニス部に入ったのかしばらく考えるきっかけとなった。「単純にそのスポーツへの興味や部のレベルで部活選びをしたはずだけど、競技をしている先輩たちのランクやカーストも見て決めていたのか?」と。「いつのまにか自分はそんな面倒なことを気にするようになってしまったのか?」と。
ていうか酔ってるとはいえ、よくそんなこと直接言えたな、おっさん。
この本を読んでみて、あのときのおじさんには、人をランクやカーストで測るものさしが思考回路に植え付けられているのだろうとうかがえた。そしてこれから先、私は就職して社会人として生きていくようになっても、“人間として相手が上か下か”を気にして生きていくんだろうと予測してしまった。めちゃくちゃうんざりした。そうなったら、めちゃくちゃしんどいだろうなぁ~~~~。
夢中になるという”ひかり”
それでも、これまでの中高時代の思い出として浮かぶのは暗いものばかりではない。必死こいて勉強してなんとか第一志望の高校に合格したこと。負けるたびに試行錯誤しながら練習して、納得のいくかたちで高校の部活動を引退できたこと。高3のとき、課外授業の合間をぬって夜遅くまで準備して、劇を披露できたこと。うぬぼれた言い方、ダサい言い方かもしれないが全部光り輝く思い出だ。これらに共通しているのは、当時の私は人の目を何一つ気にせず突き進んでいたということだ。
この作品内でも、カースト上位の友人や彼女と円満な関係を築きながらも、冷静に彼ら、彼女らを分析して悶々と過ごしている菊池が、カースト下位でありながらも映画撮影に没頭する前田を見て“ひかり”を感じ、次第に中途半端な自分にいら立っていくシーンがある。
私は、このシーンと自分の経験を重ね合わせて、純真無垢に夢中になることはものすごく尊いことだと気づいた。人が夢中になっているとき、人間関係のめんどうなことは意識の外に置くことができ、第三者からも輝かしく見える。
桐島とトレンチコートマフィア
以下は、私がこの作品に触れるきっかけとなった「トレンチコートマフィア」のサビの歌詞の一部である。
世の中がどうかしてる
なら火つけろ導火線
周りの目がどうだって
今からでも遅くはねぇ
これはCreepy Nutsからの「不満があるなら、なにか夢中になってやってみろよ」というメッセージであり、作品内の登場人物へのメッセージにもなっているのだろう。多分。
しかもこれ、当時UMB(日本一のラッパーを決めるフリースタイルラップバトルの大会)で三連覇を成し遂げたR-指定が書いた詩だからめちゃくちゃ説得力があるな。
↓一番好きなR-指定のバトル。見て。
"R-指定 vs 晋平太" UMB2010 GRAND CHAMPIONSHIP [ENG SUBS]R-Shitei vs Shinpeita UMB2010 GRAND CHAMPIONSHIP
最後に
あれこれ書き連ねたが、結局一番すごいのはタイトルに「桐島」と入っているのに、桐島がほとんど登場しないこと。セリフも最初の回想で少し入るくらい。やっぱ朝井リョウすごいな。